MILK MODE 

ご冥福をお祈りいたします



お盆休みですが、今年はあまりすっきりしないお天気のようですね。
お天気と同じように、私の心もいまだモヤモヤがずっと続いています。

先週8月5日、理研の笹井芳樹副センター長がお亡くなりになるという、衝撃的なニュースが
飛び込んできました。何の関係もない私のような人間ですら、この衝撃にしばらく心が圧倒され
続けました。

あれだけ騒いでいたテレビ(マスコミ)が、そこに言及することもなく、以前と何ら変わらぬ
放送を続けていることに強烈な違和感を覚えます。
ネット上では、お偉い学者さんから一般市民まで好き勝手なこと言ってますし。

何かがおかしい…
何かが狂ってる…
こんな馬鹿げたことがあっていいんでしょうか…


私が初めて笹井さんをテレビで見た時、まあ、何と生真面目そうな人だと思いました。
その後、記者会見された時の様子も、記者の質問を途中で遮ることなど一切なく、
実に丁寧すぎるほどの受け答えをされる人だと感じました。

世間はあれやこれやと言いますが、実はこういう自分の直感が、一番真実に近いのでは…
と、思ったりもします。


一部週刊誌などで、程度の低いバッシングなどあったようですが
(どうしたことか、NHKまでおかしな放送を流しましたね。あろうことかNHKスペシャルが!)
そんな下品なことを言われるようなレベルの低いところで生きてる人じゃないから、
何というか、的外れというか、報道する方のセンスがないというか…

あまりにも本質から外れている。…馬鹿げている。

しかし、私もそういうくだらない放送を見ていた一人です。
「またやってる。もうええやん。」そう思って、ただぼーっと画面を見ていただけ。
これって、いじめられてる人を、傍観しているのと同じでは…


「偉大な科学者を失った。国宝級の人だった。」

国宝ならみんなで大切に守らなあかんのに…だ~れも、守られへんかった。。。

そんなことを考えていたら、何だかもうやり切れなくて、涙がどんどん溢れてきました。
確か台風が来た9日でした。外はどしゃぶりの雨でした。笹井さんの涙かなと思いました。

とにかく騒ぎ過ぎた。最初からあまり世間に興味を持たれないように、面白味なく、小難しく、
冷静に、粛々とやっていれば…


マスコミは、腐っているからもういいとして、笹井さんを追い込んだのは、分子生物学会とか
改革委員会とか、政治がらみのもっと大きなことがあるのかもしれない。理研ももっと守って
欲しかったと思うけど、問題が色々ありそうで、そこら辺はもう一般市民には分からない。


私たち国民一人ひとりのモラルの問題を考える。
分をわきまえるとか、恥を知るとか、敬意を払うとか、冷静になるとか。
世間の風潮に惑わされずに、自分の直感を信じて何が真実か、物事の本質を見なければならない
と思う。

国民一人ひとりが、もっと真正面から笹井さんの死と向き合わなけれなならないと思う。

でないと、あまりにも、あまりにも無念です。


心より笹井芳樹さんのご冥福をお祈りいたします。


 




共感できる記事が載っていたので(こんなんしていいんかな?)そのまま貼りつけておきます。

   

理研・笹井氏を死に追いやった日本社会の過ち  http://t.co/eKApB9zbyF



日本のみならず世界に衝撃を与えた理化学研究所CDBセンター笹井芳樹副センター長の自殺

彼の死は、単なる一人の人間の死として扱ってよいものではない。なぜならそれは自殺という形を取りながらも、実際は、死なせてはならない人を日本社会が死に追いやったに等しい死だったからだ。
しかし彼の死後もその点が全く俎上に上がらない。その異常さを考えてみる。

■ 偽iPS手術騒動」森口尚史氏との対比

笹井氏に起きていた問題とは、小保方晴子ユニットリーダーによるSTAP論文の不正を見抜けなかったという「落ち度」である。

これと対比できるのが2012年に森口尚史氏(元東京大学医学部附属病院特任研究員)が起こしたiPS細胞に関する虚偽発言騒動だ。森口氏はiPS細胞を用いた世界初の移植手術を行ったと嘘の発言をし、医学・科学界を混乱に陥れ、森口氏は最終的に虚偽発言を認めた。

森口氏意図的な虚偽発言により世界を騙したこととは異なり、笹井氏の場合は、再生医療における画期的な成果を出そうと取り組む中で、論文不正の見落としが起きた監督責任問題と言える。

つまり二つの「問題の本質」はあまりに異なっている。それは「落ち度」「悪意」という埋めようのない大変な違いだ。

ところが報道において両者はともにスキャンダルの対象として同列に括られた。

■ 責任感ある者に厳しい非難が向けられる理不尽

その後の行動を比較しても、両者の間にはあまりに大きな違いがある。

森口氏の場合、騒動により名が売れたのを利し、まるでタレントのごとく活動するなど、(本人の心はわからないが)行動を見る限りでは反省している様子を伺うのは難しい。

一方、笹井氏は対照的だ。笹井氏は日常生活が困難なほどにプライベートを奪われ、社会的な自由も失うなど追い詰められ、ついに自ら命を絶つに至った。

■ 度を超した断罪

もしもこの違いを、笹井氏の精神的な弱さの問題ととらえるような考え方があるとしたら、それは明らかな間違いだ。

なぜなら、問題を真剣に考えるあまり、耐えかねるほどの苦悩を背負い、最終的に命を絶ってしまうような精神構造とは、裏を返せば、物事をいい加減に放置せず、正しさを厳格に追究しようとする、優秀な科学者として最も重要な素養そのものでもあるからだ。

笹井氏が日本はもとより世界の再生医療を牽引してきた立役者であり、その分野の未来を切り拓いてきたリーダーであったことを否定する関係者は誰もいない。

それらは笹井氏の強い責任感によってもたらされたものであるが、そんな彼が、STAP論文の不正発覚後、あたかも詐欺師であるかのような報じられ方をした。

■ 事後、いたずらに拡大された責任

論文不正における彼の責任は、端的に言って監督責任にとどまるものだ。小保方氏による論文不正を見抜けなかった落ち度はあるとはいえ、彼自身が不正を行ったわけではない

強いて言うとしても、再生医療に革命的な発展を起こしたいという強い気持ちがあった中で起きた、いわば「勇み足」という表現が限度だろう。

しかし一部のマスコミは、あたかも笹井氏が犯罪者であるかのごとく報道を行った。そして日本社会では、何の被害を受けたわけでもない無関係の人間が、まるで自らが天罰を与える神であるがごとく、笹井氏を一斉に断罪した。

■ 噴出する理研の腐敗体質

それに拍車をかけたのは理研の腐敗した体質だ。笹井氏のメールが本人に無断でリークされたのである。

メールは「私信」である。本人に無断でその内容を閲覧することは本来はあってはならないことであるが、近年、会社の設備を利用した社員個人のメールを、人事上の理由で会社が閲覧することはしばしば行われてきた。

ただしそれはあくまで人事上の理由として必要最低限の範囲にとどめられるのが前提であり、社外に漏らすとなれば話は全く別だ。

しかし理研ではそれが行われた。笹井氏のメールが、あくまでゴシップの対象としてリークされていたのだ。これは理研における情報管理が根本から問題を抱えていた証拠とも言える。

これは理研そのものあるいはその一部に、問題を解決し信頼を回復することよりも、笹井氏を貶めることに意識が向いていた人がいたという証拠に他ならない。

■ 笹井氏の死を「自殺」と考えてはいけない

ところが世間ではその点が積極的に論じられることはなかった。究明されるべき真相は棚上げされ、一科学者の失敗については牙を剥き襲いかかる。国民もそれに同調し野次馬と化す。

こうして、日本全体が一科学者の落ち度を標的にし、再起不能なまでに叩きのめし、ついに命を絶たせてしまった。

これを日本社会による集団リンチと言わないで、他に何と表現すればよいのだろう。

笹井氏のミスは意図的に世界を欺こうとしたものではなく、不幸にして生まれた落ち度に過ぎない。しかもその落ち度を最も悔いたのは笹井氏本人であり、その失敗を取り返そうと最も努力したのも笹井氏本人だったはずだ。

本来、仕事におけるミスは仕事で挽回すればよく、それ以上でもそれ以下でもないが、日本社会は彼の一つのミスをやり玉にあげ、彼から社会的自由と居場所を奪い、犯罪者のごとくののしった。

彼の死を「自殺」と考えてはいけない。
彼はマスコミや日本社会によって殺されてしまったと考えるべきだろう。

しかし彼の死から数日が経過した今になってもなお、そうした反省が報道の俎上に上らないことが、この国に生きる一人として恐怖を感じる。

更新日:2014年08月11日
記事の担当ガイド  All About

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